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第151回「MRI診断 と 電気の流れる音」

2025.10.08

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人生初のMRI健診

 夏は私にとっては健康診断の季節でもあります。以前は職員も大学キャンパスで集団健診でしたが、昨年から市内の健診施設に大学の予約で出向く形になりました。わざわざ出かけるのが面倒に感じましたが、利点が一つありました。専門の健診施設なので、高度なオプションメニューがあって、(自己負担ですが)検査を追加できます。そろそろ自分の身体は大丈夫かと気になり始めるお年頃、数年前から人間ドックに関心を持ちつつもまだ行けておらず、その代わりに、血液検査に各種マーカ検査を追加し、脳のMRI検査も初挑戦することにしました。
 私の開発研究は専門分野不詳なのですが、いくつかセンシングの研究もしています。ロボットなどをやっていると「これが測れたらうれしいな」と思うことは多々あり、その研究をすることがあります。センシングには、対象から出てくる何かを受け取るだけのパッシブなセンシングと、こちらから積極的に何か働きかけてその反応を見るアクティブなセンシングあります。
 たとえば、一般的なカメラは、対象となる方向からカメラに向かってくる光を拾うだけのパッシブです。それに対して、ライトを取り付ければ暗闇でも撮影できるようになりますし、レーザーで線を引いたり特殊な模様の光パターンを当てて撮影することで3次元形状情報を取得する手法もあります。近年では光を照射してから戻ってくるまでの時間で距離を得るToFカメラもあります。
 アクティブセンシングの基本的な方針は、計測目的を拾い易くなるような(限定的に区別できるような)働きかけを行い、(パッシブ)センサでその反応を取得して、分析処理をすることで、パッシブでは得られないような計測結果を得ます。センサ部品そのもの新作は容易ではありませんが、アクティブセンシングは組み合わせと信号処理の工夫なので、ロボットメカトロ屋でも挑戦でき、製品検査手法などを開発する企業もあります。
 という観点でいうと、高級診断装置であるX線CTやMRIはアクティブセンシングです。いわゆるCTはX線源とX線撮像素子を人体の周りでぐるぐる回して、多方向の撮影をします(胸部レントゲンや”バリウム”もこの組み合わせですが、回らないor人間の側で頑張って動きます)。1回のX線画像は、そのX線が通った経路で「のべどれだけ吸収されたか」が得られ、「中身がどういう分布だったら、各方向でその像が見えるか」という問題を解くことで中身を推定します。
 一方、MRIはろくに原理を知らずに出かけてしまいました(稀少経験なのにもったいない感)。強い磁場を使うので磁石に付くようなものは厳禁、そういえば大学生の時の実験で核磁気共鳴をやった気がする程度の予備知識で検査前の説明を受けたところ、音に耐えるための耳栓を渡されました。そんな大きな音がする? 機械的に何かすごいの? という期待を胸に台に横たわると、頭を固定された上で動かないようにと指示。多数の計測から3次元情報を得るなら、動かない方がいいのは当然です。
 装置に挿入されて測定開始ですが、グオングオンいうのかと思ったら全く異なる、ブッブッブッブッなどと何種類かのリズムを刻みながら、何かが強制的に角張った振動(正弦波のようなマイルドさとは逆の)をさせられたような音を立てています。え? MRIってどんな装置? と思いながら音を楽しんでいたら、時間的苦痛は無く終わりました。
 あとで調べたところでは、強磁場下で電波を照射すると帰ってくる電波があり、空間内に磁場の分布をつくることで、その電波の反応を変えて、水素の空間分布を得るようです。

電気の音、磁場の音、制御の音

 メカが動くならともかく、可動部がない機器もしばしば音を立てています。音が出ていることは即ち何かが振動しています。その中でもわかりやすく音がでる原理は、変動する電流→コイル的な何かで変動する磁場→磁場に反応する金属(鉄とは限らない)にかかる力の変動→振動、という関係です(一般的なスピーカー類は磁場中の電流による力なので近いが異なる)。
 たとえばモータの電力は、半導体スイッチで高速にオンオフしつつ、オンの時間比率で調整しますが、その周波数で電流が増減(コイルの性質のため、スイッチはオンオフでも電流は増減)するため、この周波数の揺れが起きます。大抵は人間には聞こえないとされる20kHz以上にしますが、スイッチ素子の遅さのためや損失を低減するために周波数を下げる場合があり、聞こえます。電車のインバータ音もこの類いですし、ステッピングモータもそのパルス周波数は聞こえます。昔のブラウン管テレビは電子ビームを磁場で左右に振る周波数が15.75kHzだったのですが、子供の頃にテレビからかすかにとても高い音を感じていました。
 制御の音が聞こえることもあります。たとえば、上位制御装置が毎秒100回の頻度で角度指令をモータ制御系に送ると、その指令が届くたびに目標角度が階段状に変化し、これにモータの角度を一致させようとします。小幅であっても目標が変わると、すぐに一致させるようにトルクを出し、目標に近づけば落ち着きます。それゆえ、この周期でコンコンコンと力が変動するので、たとえ一定速度になるように一定値ずつ角度を増やしていっても、その指令変化が振動になって現れてきます。このため、100Hzの音が出ます。これを低減するには、目標が滑らかに変化するように指令間を補間すればよいのですが、このような補間は遅れを生じがちで、別の問題となります。指令を高頻度にすれば振動の周波数が高くなるとともに、一回の変化も小さくなるので振動は小さくなります。ただ、速すぎると制御が追従しきれなくなったり、通信速度が不足したりする問題も生じます。
 このような磁場的要素がなくとも、「電気の音」が聞こえる場合があります。たとえば「コンデンサの音鳴き」という現象は、文字通りにコンデンサで音が出ます。現代の機器に大量に使われているMLCC(積層セラミックコンデンサ)は容量を高めるためにある種のセラミック材料を使っていますが、これには圧電効果という特性があって、圧力をかけると電圧が生じ、逆に電圧をかけると微少ながら変形します。電圧の変動でコンデンサが僅かに伸縮し、それが固定されている基板を変形させて音が出るとされています(電子機器で昔ながらの「ピッ」という音をだす薄板円盤状のスピーカや超音波利用分野はこの圧電を積極的に使っている)。
 コンピュータの動作でも小さな音が聞こえることがありますが、おそらくプログラムの周期的な動作でCPU等の電流消費が周期変動して、電源部のコイルやMLCCの音になっているのではないかと思います。1990年頃、画面にランダムに長方形などの図形を描かせたときにパソコンから音が聞こえるのが不思議だったのですが、おそらく、この系統の音だったのではないかと。このような音は電流の変動に起因する音ですが、制御系が有効になってパワー系に通電すると聞こえるようになったりするので、「電気の流れる音が聞こえる」と個人的には表現することがあります。
 健康診断の結果はまだ返ってきていません。去年まで同様にほぼオールグリーンであることと、MRIで変な影が映ったりしてないことを祈りますが、要精密検査になったら、もっと良く音を聞いてみようと思います。

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